発芽玄米を建てる
正社員の管理職は「取引先の苦情ひとつにつき、うちは十万円の罰金だ」と文句を言った。
Ijさんは「だったら、派遣社員にも的確に判断できる教育訓練とそれなりの待遇を与えるべきだ」と思った。
派遣は、熱心にやっても評価に関係なく、何年やっても同じことの繰り返しだ。
Ijさんは郷里に妻子がいて、仕送りのため働き続けてきたが、嫌気がさしてやめていく派遣作業員は多く、入れ替わりは激しい。
経験がないため、箱の違いを覚えられずに、間違えた箱を持ってきてしまう派遣作業員もいる。
ベテランのIjさんはいらだつが、同時に、「なぜ自分がそんなことに気をつかわなければならないのか」と思うこともある。
「いくらでも代わりのきく働き手」として、名前さえ覚えてもらっていない。
新参の派遣作業員に教えたり、リーダー的な役割を務めたりしても、賃金に反映することはない。
目いっぱい働いても収入は月十万円程度。
何年働いても時給は変わらない。
そんな土壌の中で、間違った配送が繰り返される。
都内の半導体工場で働くITさん(仮名三十四)も、派遣社員軽視に不安を感じる一人だ。
正社員が半導体製造機械の数値を設定し、必要なガスの容量などを決める。
派遣社員は計器の数値を監視する。
三カ月もたつと、この数値の動きや機械の音から設定の誤りがわかるようになった。
正社員にそのつど報告もする。
だが、会社が派遣社員に求めるのは単調な監視作業のみ。
嫌気がさして、ほとんどが一カ月以内にやめる。
「不良品や事故を防ぐにはそれなりの熟練が必要なのに、派遣には評価も引き留め策もない。
工場の事故報道が目立つが、こんな労務管理では無理もないと思えてくる」とITさんは言う。
二○○七年に開かれた製造業派遣の働き手の集会では、大手食品会社の工場で働いているという出席者の一人が立ち上がって発言した。
「現場は派遣ばかり。
どうせすぐ仕事を打ち切られると思うから、みんな、作業後の後片付けも掃除も投げやりだ。
衛生面ではこわいものがある。
有名企業だが、自分はこの会社の製品は絶対買わない」。
働き始めたころは、自分からは動こうとしない派遣社員にいらだつこともあった。
やがて、「指示に従え」という派遣会社のマニュアル通りにやっているだけだとわかった。
そんな現場が活気付いたことがある。
町のふとん店の経営者だという三、四十代の男性がやってきた。
売れ行きが落ち、収入を補うために働きに来たという。
法律では、工場に派遣社員の管理責任者の名前を掲示しなければならないなどの規定があるが、それらはほとんど守られていなかった。
男性は、派遣会社の担当者に不備を次々と指摘し、直させた。
だが、やがてその姿は見えなくなり「指示に従うだけ」の世界が戻った。
男性は、労災事故にあってやめていったと聞いた。
宮城県のIhさん(二十五)は○六年、大手精密機械メーカーの関東地方の工場などで派遣社員として働いた。
その体験をビデオで撮影し、「遭難フリーター」という映画にまとめ、○七年、山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品した。
Ihさんの仕事は、プリンターのふたのはんだ付けだった。
工員の四分の三は派遣や請負工。
工場の控え室には「協力会社の方のゴミはお持ち帰りください」と張り紙がしてあった。
同じ工場で働いているのに、「よその社員」だからとゴミ箱も使えないと知った。
本社の幹部が工場視察に来ると聞いたことがある。
だが、幹部は工場の「メインストリーム」ともいえる正社員たちの作業場を通り過ぎただけで、派遣社員たちには、顔も見えなかつ「派遣は部品。
部品は危険情報や改善策を上げたりしない」とIhさんは言う。
厚生労働省の調査では、○七年の労災による派遣労働者の死傷者数は、全体の十三万一千四百七十八人のうち五千八百八十五人にのぼり、製造業派遣が解禁された○四年の約九倍に急増した。
業種別では、製造業が二千七百三人と、運輸交通の三百十六人、商業の二一百八人を大きく引き離している。
製造業での被災者の経験年数は、一ヵ月以上二一ヵ月未満が二八・七%、一年以上三年未満が二一・五%など、短期で変えられていく派遣の働き方の歪みが浮かび上がる。
これら表面化した労災のかげに、派遣会社に責任を転嫁することで隠されたいくつもの労災がある。
「死亡事故などの大きな事故にまでならない限り、隠されてしまうので、対策が後手に回る」という派遣社員たちの発一言も、工場の意思決定層には容易に届かない。
日本社会は、人件費削減でバブル崩壊後の不況を乗り切った、としばしば言われる。
「不況による雇用劣化」である。
人材コンサルタント会社「Sf」代表、Syさん(三十七)は、当時、人材会社RTの社員として、さまざまな職場の人材外注化の現場に立ち会った。
その時期を振り返って、Sさんは言う。
「あのころの企業の人事部は、同僚のクビを切り続けなければならないことにうんざりしていた。
そんな心の傷に耐えかねて、派遣社員などへの外注化に走った」。
手を汚さずにリストラできる仕組みへのニーズが、派遣人気を支えた。
だが、不況を乗り切ったといわれる○二年以降、その仕組みは、人件費削減にとどまらず、安全や働きやすさなど、働き手の効率や生産性向上の必要性も見えなくさせる道具にも転化し始めた。
さらに危ういのは、「人件費削減」の名に隠れ、管理者としての責任まで「便利な派遣会社」に転嫁する、ある意味で腐敗ともいえる状況が、企業を静かに食いつくし始めていることだった。
そんな構造が、工場の改善に不可欠な危険情報が伝わらない職場を生み、一線からの提案も創意工夫も上がらない会社をつくる。
低賃金の非正規の働き手の急増は消費の低迷を招き、不況からの本格的な脱出を妨げた。
だが、それだけでなく、こうした働き方は、消費の活性化に必要な、すぐれた製品を作り出す現場も壊しているのではないか。
私たちは、「不況を乗り切るための雇用劣化」から、「雇用劣化による不況」への道をたどりつつあるのではないか。
労災隠しの現場を歩くうちに、そんな不安がこみ上げてきた。
自分で引いた設計図を見る女性.ホームセンターでパートとして働きながら2級建築士の資格も取った。
富裕層は、それがなければ生きていけないような最低限の必需品は、すでにひととおり持つ。
「持てる層は持っていると言わないから、貧困が目につく。
持てる層がカネを出したくなる工夫ができればカネはもっと出回る。
そうした企業の工夫が、もっと必要だ」春闘の賃金交渉が山場を控えた二○○八年二月、NkRのTh参与は、『As新聞』のインタビューの中でこう語った。
「戦後最長の景気回復」がはやされる中でも、国内の需要は盛り上がりを欠いていた。
これは、労働分配率の低さが原因だという意見が、ようやく盛り上がり始めていた。
すでに述べたように、労働分配率とは、企業の上げた利益のうち働き手に回った割合を示す数字だ。
○五年、○六年と企業の最高益達成や会社役員などの報酬の拡大が話題になる一方で、消費者の多数を占める中・低所得者への還元は進まず、労働分配率の低落が問題になり始めていた。
冒頭の発言は、こうした声に対する反論の中で、T氏が企業の工夫の必要性についてふれたものだっている。
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